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兵庫運河の昼と夜(2009年10月撮影) |
倉庫の壁に描かれたレガッタ | レガッタ競争 | レガッタ競争 |
(2009年10月撮影) |
「防潮堤水族園(ぼうちょうていすいぞくえん)」
防潮堤に魚などの絵を飾ったギャラリーで
須磨水族園のキャラクター(イラストレーター山崎さんデザイン)や
地域の人たちから公募したデザインをもとにつくったもの。
数えたら100枚ほどありました。(2009年9月撮影)
「ホームズスタジアム神戸」
ヴィッセル神戸のホームスタジアム。
レガッタ競争をする運河の南側、地下鉄海岸線御崎公園駅より徒歩5分ほどの所にあります。
サッカー好きの友人夫妻はよく来ているようです。
敷地内に市電の車両が置かれています。
昭和46年に市電が廃止され、広島電鉄に移譲されましたが
老朽化による廃車を機に旧神戸市電和田運輸事務所のあった当地へ里帰りとなりました。
(2009年5月撮影)
「清盛橋(きよもりはし)」 橋の欄干には源平合戦のレリーフがはめ込まれています。 |
源平合戦のレリーフ、3種類ありました。(2009年10月撮影) |
橋北詰の交差点の北東に兵庫住吉神社があり その境内に十三重の石塔と石像、石碑が並んでいます。 (清盛塚、清盛像、琵琶塚) (2009年10月撮影) |
交差点からみた清盛塚 | 平清盛像 | 琵琶塚 |
「キャナルプロムナード」
新川運河の水際に整備された約300mの遊歩道(2009年10月撮影)
「兵庫城跡」 キャナルプロムナードの散歩道を歩いていると 兵庫城と兵庫県庁の碑がありました。 戦国時代に池田信輝と輝政父子がここに兵庫城を築きましたが 豊臣家の滅亡とともに城郭としての機能は廃止されました。 城の跡が最初の兵庫県庁となり 伊藤俊輔(のちの伊藤博文)が初代の県知事として赴任したそうです。 |
「大輪田橋(おほわだはし)」 大輪田橋は1924年の竣工以来、2度大きな災害にみまわれました。 1945年の神戸大空襲と1995年の阪神淡路大震災です。 震災では親柱(飾り橋)が崩れ落ちましたが、損傷の少なかった 親柱を修復し、モニュメントとしてそのまま残されています。 上部には戦災と震災のあった冬の星座があしらわれています。 (2009年10月撮影) |
手前は壊れた親柱 | 修復された親柱 |
キャナルプロムナード(新川運河側) から見た大輪田水門 |
大輪田橋(兵庫運河側) からみた大輪田水門 |
水門の看板 |
「入江橋(いりえはし)」 キャナルプロムナードを通って本町公園の方へ歩くと 新川運河をまたぐ入江橋があります。(2009年10月撮影) |
ボラも泳ぐ新川運河 | 笑顔で見守る清盛さん | 新川運河に停泊中の船 |
「大輪田泊の石椋(おおわだのとまりのいわくら)」 大輪田泊は兵庫区にあった港。 この花崗岩の巨石は、昭和27年の新運河浚渫工事の際に発見され 古代大輪田泊の石椋の石材だったと推定されます。−案内板より (2009年10月撮影) |
「築島橋(つきしまはし)」 (2009年10月撮影) |
築島水門(つきしますいもん) | 築島橋と水門 | 築島水門看板 |
築島橋から見える海 |
港町として栄えてきた兵庫津は、西国街道の要所でもあり海路、陸路を通じて多くの神様がこの地に集まったそうです。
福を呼ぶ神様七か所を巡礼することで、「七難即滅・七福即生」つまり七つの災難から逃れ、七つの福徳が授かるといわれ、江戸時代から庶民の間で大ブームになったとのこと。(2009年10月撮影)
和田神社(わだじんじゃ)−弁財天
「和田宮さん」と呼ばれ 海路、交通安全の守護神として 親しまれている |
鳥居 | 和田神社境内 |
薬仙寺(やくせんじ)−寿老人
行基の開山といわれています。 寺に湧いた水が後醍醐天皇の頭痛を癒したとの故事から この寺名があります。 |
清水が湧いた場所 | 震災モニュメント 震災で壊れた大輪田橋の一部 |
真光寺(しんこうじ)−福禄寿
「おどり念仏」で有名な一遍上人が亡くなった寺 |
石造り五輪塔 |
一遍上人御廟 |
能福寺(のうふくじ)−毘沙門天
延暦24年(805)最澄が薬師如来像を安置して 日本最初の教化霊場にしたことに始まるといわれる 天台宗の寺院 |
「兵庫大仏」 奈良、鎌倉とともに日本三大仏の一つと書いてありました。 初代は戦時中に供出され、現在は二代目とか。 |
平清盛の廟所の説明板 | 兵庫大仏 |
柳原天神社(やなぎはらてんじんじゃ)−布袋
須磨の網敷天満宮とともに 菅原道真ゆかりの神社 |
柳原天神社 | かえるまたの牛 |
見学していたら神社の人が出てこられ、いろいろ説明をしてくれました。 「かえるまた」に牛の彫刻は珍しいでしょうと言われました。 かえるまたとは何か後で調べたら 屋根の荷重を柱や梁に効率よく伝える構造材で、装飾を兼ねているそうです。 かえるが足を広げたような形をしていることからかえるまたと呼ばれています。 |
おなじみ天神さんの牛 | 七福神の石像、全員集合 |
柳原えびす神社(やなぎはらえびすじんじゃ)−蛭子
福の神として古くから崇敬されてきた 神社のひとつ |
柳原えびす神社、神楽殿 | 柳原えびす神社 |
えびす像 |
福海寺(ふくかいじ)−大黒天
釈迦如来を本尊とする禅宗南禅寺派寺院 |
太平記合戦図 | 「時雨の松」の碑 |
「特急こだま」 川崎重工業兵庫工場、車両本館でこだまを公開展示するという記事を見ました。 東京−関西間の日帰りを初めて可能にしたビジネス特急「こだま」の満50歳を記念した行事です。 この181系は1958年に兵庫工場で製造され、新幹線開業後引退。 兵庫工場に保存されていました。 展示してある本館のそばに運河があり 案内してくれた友人が兵庫運河が好きでいろいろ教えてくれ それから何度も通うきっかけになりました。(2008年10月撮影) |
「並ぶ昭和の超特急」 初代新幹線の「ひかり」などとして活躍した0系の先頭車両が さよなら運転のあと、生まれ故郷に戻ってきました。 「こだま形」車両と「初代新幹線0系」が仲良く並んでいます。 (2009年9月撮影) |
川崎工業兵庫工場 | 公道を引き込み線が横切る |
桃太郎 | 工場内の桃太郎 | 製造中の新幹線車両 |
和田岬線(わだみさきせん)は神戸市兵庫区にあるJR西日本山陽本線の視線で、兵庫駅−和田岬駅を結ぶ2.7kmの路線です。
元々、鉄道建設のための資材輸送をしていました。その後は貨物輸送が行われていましたが、現在は鉄道車両輸送を除いて貨物輸送も廃止され、朝夕通勤客を対象に列車が走行するのみとなっています。
兵庫運河を渡る小さな鉄橋(和田旋回橋)は、船舶の航行のための旋回橋ですが、現在は動くことはないそうです。
和田岬線兵庫駅ホーム | 和田岬線兵庫駅駅票 | 兵庫駅車止め |
(2009年10月撮影) |
和田岬線列車 |
鉄橋を渡る列車 |
鉄橋(和田旋回橋) 後ろに見えるのは住吉橋 |
和田岬線線路 | 和田岬駅に入る列車 |
(2009年10月撮影) |
和田岬駅(2009年5月撮影) 2009年8月に駅舎は撤去 |
跡地にコンビニ建築中 (2009年10月撮影) |
入口 ここからホームへ入る (2009年10月撮影) |
車止め | 和田岬駅駅名標 | 和田岬駅ホーム |
(2009年5月撮影) |